| 左肩に手を置くのが、貴方の癖だから・・・・ ―― |
陽炎の恋 |
「麻衣、大丈夫?」 綾子に声をかけられて麻衣は首を縦に振った。 その拍子にいくらか長くなった髪が零れる。 顔色はまだあまり良くなかったけれど、麻衣はいつも通りにぱっと笑った。 「ちょっとだけ毒気に当てられたって感じだから大丈夫だよ〜。大人しく寝てるから綾子もぼーさんもナルの手伝いに行って?」 「うーん・・・・」 「だってねえ・・・・」 まだ心配!という文字を貼り付けている二人に麻衣は苦笑した。 前は子どもだったから心配してくれているのかと思っていたけど、二人の心配性は高校を出た今でも変らない。 心配性の兄と姉を同時に持ったような気分に、こんな時は面はゆくなる。 (でも調査のためにこの家に入ってすぐ倒れちゃったから、たぶんそろそろ・・・・) 麻衣がそう考えたその時 『・・・・松崎さん、滝沢さん。』 ぼーさんの持っていたトランシーバーから落ち着いているけれど実にいやあな声がして、ぼーさんと綾子は顔を見合わせる。 「な、なにかな〜?」 『麻衣は気が付きましたか?』 「ああ、気が付いたぜ。異常もなさそうだ。」 『そうですか。ではお二人ともこちらにお戻り願えますか。』 一片の感情の乱れを見せない声だが、その鳥肌が立ちそうなぐらい丁寧な口調は恐ろしくナルが不機嫌な証。 身を持って知っている麻衣は口元を引きつらせた。 「早く行った方がいいよ。」 「でも・・・・」 渋った綾子の考えを察してかタイミング良くトランシーバーからナルが言う。 『入れ違いに原さんに行ってもらう。』 「へーへー。肉体労働担当は妹分の看病もさせてもらえねえわけね。」 『適材適所。』 それだけ言うなり通信の途絶えたトランシーバーを見てぼーさんと綾子は嫌そうに視線を交わして立ち上がった。 「んじゃ、ボスのお達しなんで行って来る。」 「いい?大人しくしてるのよ?」 「はーい。」 明るくそう答える麻衣を部屋に残して綾子と法生は部屋を出て至極不機嫌なSPRの所長がベースの準備をしているであろう部屋に向かって歩き出した。 足音が遠ざかっていくのを聞きながら、麻衣はゆっくり寝かされていた簡易ベットから上半身だけ起こした。 (ここは、2階かな?) 調査の依頼にきたこの屋敷の主から見せてもらった見取り図を思い出しながら麻衣はそんな事を考えた。 いくらナルとはいえ危険のあるような部屋に具合の悪くなった人間を放り込むほど鬼じゃないだろう。 (それに・・・・) 麻衣はベットの背にぽすっと背中を預ける。 ―― ふいに左の肩に、触れた (・・・・うん、大丈夫。) 『彼』に答えて、麻衣はゆっくり左肩に手を重ねた。 いつの頃からか、眠っていなくても『彼』を感じることが出来るようになっていた。 今考えると、たぶんそれは夢の中で現れる『彼』がナルではなくて『彼』だとわかった時。 恋していたのがナルではなくて、『彼』だとわかった時から。 (もし消えてしまってたら、私はナルを好きになってたかもしれない。) ナルが探し続けた『彼』の遺体を見つけて昇天したと思っていた『彼』が再び現れた時、麻衣を襲ったのは混乱と・・・・確かに喜びだった。 その時、気が付いた。 『彼』が、好きなのだと。 ナルではなくて、『彼』が。 その頃から、『彼』が感じられるようになった。 ―― 本当に大丈夫? ここにも心配性が一人いた、と麻衣は苦笑した。 『彼』は今ここにいるはずのない人。 生きている時はすれ違うことすらできなかった人。 それでも・・・・ ―― 顔色がまだよくない。寝ていた方がいいよ。 (大丈夫だってば。もうすぐ真砂子も来るし。それに顔色が戻ったら待ってましたってナルにこき使われちゃうじゃん。) ―― 麻衣・・・・いくらナルでも昼倒れたばっかりの人に重労働はさせないよ。 (いーや、あいつはやるね。例え心の奥底でほんのちょっと心配していたとしても、それと調査は別物なんだよ。調査馬鹿だから。) ―― ・・・・・ (だからベースが出来るぐらいまではのんびりさせてもらうんだ〜。) ―― 麻衣 (ん?) ―― 麻衣はナルが好きなんだね 麻衣は一瞬驚いた顔をして、それからくすりと笑った。 こういう時、姿が見えないのは残念だと思う。 きっと今ならナルじゃ絶っっっっっ対しないような拗ねた顔をしているに違いないのに。 でも、それでも (うん、ナルは冷たいし調査馬鹿だけど、優しさがないわけじゃないしね。) ―― そう・・・・ (でもね・・・・) ―― ? (私はジーンが一番好き。) 例え起きている時は目に見えなくても、いつ消えてしまうかわからなくても。 『彼』が理を曲げてこの世に自分が繋ぎ止めたあるべきでない魂であっても。 ただこうして存在を感じられることができるならそれでいい。 「こうしているのが幸せだから・・・・それでいいよね。」 左肩の気配が離れた。 と、思ったら背中に現れた。 まるで背中からぎゅっと抱きしめられてるみたいに。 (ジーン。) ―― ん? (いつか私が死ぬ時に、一緒に逝けたらいいね。) ―― ・・・・そうだね |
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何かを伝えたい時、私の左肩に手を置くのは貴方の癖 だから左肩に置かれた幻の手に手を重ねるのが私の癖 陽炎のように儚い今の幸せを繋ぎ止めておくために・・・・―― |
〜 終 〜 |